DNFでした。炎天下の65k、富士山より高い累積標高4100D、わたしには厳しかった。
当日はオリンピックスポーツパークの地表気温が昼前に40度を超えるという猛暑日。セクション1は予定タイムの10分遅れで走り終えましたが、セクション2の途中で眩暈がして動けなくなりました。コース脇の日陰でしばらく休んだら視界が戻りレースに復帰しましたが、そこからは下りも全く走れず、歩いては休みの繰り返しでした。追いついてきた友人にブドウ糖をもらったらなんとか走れるようになり、並走。そこで関門ぎりぎりだよと知らされ、一緒にがんばりました。セクション2はたった14kで予定タイムより1時間半も余分にかかったことになります。
関門10分前にスポーツパークに到着。慌ただしく夜間走行の準備を整え、制限時間ぎりぎりでセクション3をスタートしましたが、半端ない疲労感で歩くのも辛い状態。2kほど歩いたところで、この体調での夜間走行は危険と判断し、スイーパーが追いつくのを待ってDNFを申し出ました。
最後に友人と一緒になって本当によかった。あそこで彼女に会わなかったら関門に間に合わなかったし、ひとりでセクション3に入ってたら止めどこを見つけられずぶっ倒れるまで頑張って周りに迷惑をかけることになってたかも。
冷静に思い返せば、セクション1からすでに体調を崩してたと思います。中間点のエイドに着く前に手が浮腫み、痺れも出てましたから。水分塩分を意識してとっていたのに、体調コントロールができなかった。水分を取り過ぎたのかもしれないし、持病の影響もあったと思います。でも何より残念なのは圧倒的な体力不足。走った(歩いた)のは40k、累積標高で2100Dほど。今のわたしに65k4100Dを走りきる力量はありませんでした。鍛え直してまたチャレンジします。